その場にいるだけで

2023/7/17

「ぼっち」という言葉、
2010年ころから使われているらしい。ひとり飯、おひとりさまとか、
一人を表すことばがいろいろあるんだな、と遅ればせながら感じている。
ぼっちが使われ始めた2010年ころは、「ひとりの時間が欲しい。」なんて贅沢な悩みを口にして、忙しくも幸せな時間を過ごしていた。
対して、ぼっちという言葉を最近になって意識しているのは、「ひとり」なことが身近になったからだと思う。

もともと大人数は苦手で、居づらい思いをするくらいならひとりが気楽でいいや、と思っている。
飲み会・食事・お茶するのだって4人以上だとまず声が通らない。私の持ち味は、シュールなこと言って分かる人にだけ届きクスっと笑わせる、みたいなところなので少人数向きなんだな。大人数相手にドっと笑いをとる感じじゃないから、人が大勢集まる場だと無口またはありきたりの面白くないことを言うに留まり楽しめない。

ぼっちで問題ないくせに、一方で、お祭りみたいに盛り上がっているところが好きな自分もいる。そういう場に行ったら、自分も自然盛り上げる側になって同じように「ヒーハー」と楽しめるに違いない。そうつい最近まで思っていた。でも違うんだ。自然に盛り上げる側になんてなれなくて、だからと言って積極的に盛り上げるのなんてもっとムリで、
「盛り上がっているその場にいるのが好きなんだ」と思った。
「それでいいじゃない」、と長年盛り上げ論に違和感を覚えていたが結論が出た。
盛り上がっているところに静かにいるのもあり、ちびまるこで言うと野口さんのイメージ。

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